楠本一徳の「我思ふ、故に我あり」

楠本一徳の日々、感じたことや思ったことを徒然なるままに記しています
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クスールに行った

 WEBサイト(ホームページ)を作っているが、サイト訪問者にインパクトとイメージを与えるべく、コンテンツの中でアニメーション(動画)を作りたいと思い、半年ほど前からFLASHというソフトの使い方を勉強していた。入門書を読みながらサンプルを作っていたが、ひとつのタイムライン(時間の横軸)でひとつのイメージを動かす、これを複数作ることで、規則的な動きのあるアニメを作ることができるようになった。しかし、変則的な動き、例えばバネを手で押しつぶして、手を離した時のバネの動き(「ビヨ〜ン」といった感じ)や、このボタンをクリックしたら、この画像が白くフラッシュするといったアニメを作るにはActionScriptという言語を使わないといけないことがわかった。

 そして、3ケ月ほど前からActionScriptを使ったアニメの作り方を勉強していた。ActionScriptって何?ActionScriptによるプログラムの基本とは?とにかくActionScriptに関する情報が知りたくて、インターネットで検索した。「ActionScript FLASH」などの言葉で検索すれば、知りたい情報のほとんどを見つけることができた。中にはFLASHで制作したサンプルデータを載せているサイトもあり、とても参考になった。そして、いろんな本を読んだ。

 現在、ActionScriptにはバージョン1.0、2.0、3.0があるが、今年出たActionScrip3.0に関する情報は少なくて入手が困難だったので、ActionScript2.0の勉強をした。ActionScript2.0には約700もの言語があり、初心者にとってはとても大変だ。だから分厚い「ActionScript逆引き辞典」で一つ一つ使うべきScriptを調べて、記述することとなる。そうした地道な作業を重ねて、初めて全てScriptで作成したウコンのアニメが完成した(http://www.ukonnet.com)。嬉しかった。データのソースを見て、たったこれだけのアニメなのにScriptはこんなにたくさん書かないといけないのかと感じた。

 以前、職場の方から「松村さんという方がいらっしゃるが、FLASHの業界ではとても有名ですごい人」だと聞いていた。確かに、読んだ本やサイトでも度々「松村慎(まつむら しん)
」という方の名を目にしていた。「いったい何をされている方なんだろう?」と思い、ネットで検索して「cshool」(http://www.cshool.jp/teacher/index.html)というFLASHの技術を中心にものづくりを教える学校の存在を知った。松村さんは株式会社クスールの塾長だった。

 昨日の夕方、東京新宿にあるクスールを訪ねた。6階立てのビルの6階、エレベーターで5階まで上り、階段を登った右側に教室はあった。入り口の扉を開けると、手前が教室、奥がデザイン事務所と併設されていて、薄暗い教室内の中央にある大きなテーブルを天井の大きな白熱電球がライトアップしていて、制作現場の雰囲気を感じ取ることができた。
 
 奥から松村さんが現れ、にこりと優しい笑みを浮かべてテーブルへ座るようにすすめてくれた。身長は私と同じ170センチくらい、浅黒い顔に携えたあごひげが渋かった。私がつい先日、仕事の都合で沖縄から来たことを伝えると、松村さんはいろいろと話してくれた。以前、沖縄に度々行って、小禄にある産業支援センターでFLASHの講師をしたこと、お寺で「寺子屋クスール」というFLASHのイベントを行ったこと、沖縄のWEB業界に知り合いがたくさんいること・・・。
 
 私は、ActionScript2.0をほんの少しかじったばかりで、もっとActionScriptのスキルアップを図りたいこと、できればActionScript3.0の講座を受けたくてクスールを訪ねたことを話した。「残念ながらActionScript3.0の講座はやっていません。講座は土曜と日曜しかやっていません。明日、初心者向けではないActionScriptの講座があるので、よかったら見学に来ませんか?」との話を受け、見学を希望した。

 そして今日、午後2時から6時まで講座を見学した。講師は教頭の尾崎俊介さん、補助講師は杉本篤史さんという方で、受講者は20代の男性5名、女性3名だった。講座は全8回(毎週土曜、2ケ月間)の第5回目で、内容はXMLのデータをFLASHに読み込ませるには・・・といった内容で、私にも理解できる内容で勉強になった。8名の若い男女が「ActionScript逆引き辞典」で調べながら、ノート型パソコンを凝視して懸命にScriptに取組む姿勢に好感が持てた。

 「この全8回の講座は「技術+アイデア」の長期コースで、毎回テーマを決め、そのテーマにあった作品を各自で企画して2ケ月かけて作り上げる。授業は教えるだけの一方通行のものではなく、受講者がプレゼンし、講師陣はそれに対してフィードバックをする。もちろんいろんな指摘などもありますが、それらの繰り返しで各自が作品を磨いていきます」と尾崎さんが私に説明してくれた。

 講師陣4名のうち3名はカナダのバンクーバーでWebを学んだスペシャリストだ。「FLASHを教える」という本当に好きなことだけを仕事にしているクスールの方々。決して安いとはいえない授業料を払ってでも、FLASHを学びたいと切望し真剣に学ぼうとする受講者の方々。そこには中学校や高校などの授業では決して感じることのできない、ものづくりに取り組む純粋なひたむきさがあった。

 このような見学の機会を与えていただいた松村さんと講師の方々に改めて感謝したい。
講座の模様講座の模様


 

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沖縄本島北部方面へドライブに行った(後編)

 左手に広がる太平洋を眺めながら、沖縄本島の西側を這う国道58号線を車はのんびりと走っていた。12時頃、本島の最北端、辺戸岬に着いた。茫漠と広がる青い海、白い小波(さざなみ)、潮の匂い、岬に打ち寄せる波の音などが元船乗りの私にとってはなつかしく感じられた。

 友人Hから「晴れた日は、22km離れた奄美諸島の与論島や沖永良部島を望むことができる」と聞いたが、あいにく曇っていたため見れなかった。ザパーン、ザパーンと岬に打ち寄せる波の音がなんだか心地良い。与論島はこの方向にあるのだろうかと思いながら海をじっと見ていると、水平線の少し手前に、黒煙をうっすらと上げている貨物船が見えた。つい1年ほど前までは、伊勢湾で制服をまとって旅客船に乗っていたんだな・・・・・・と思ってしまい、無意識に自分の内奥に目を向けた。まだ血を流している新しい疵(きず)の周囲に、無数のかさぶたを蓄えた心の外郭がある。凝固し、石ころにのようになっている胸に触れて、かさぶたのひとつをそっと剥がしてみた。

 定刻(00分)出港5分前、定員100名の1階客席はこの便もほぼ満席だった。いよいよ冬が到来する時期、久々に中部地方南方地域に寒冷前線がかかり、風速は8〜10m/sと強い。海上には白波が数多(あまた)あり、2.5〜3mのうねりがトグロを巻いている。船長の私は操舵室にて船内マイクを手に取る。「本日は高速船カトレアにご乗船いただき、誠にありがとうございます。本日、荒天のため、出港後は船が大きく動揺します。出港前は必ずシートベルトの着用をお願いいたします。お手洗い等船内ご移動の際は十分ご注意くださいませ。また、ご気分の優れないお客様は船内備え付けの黒いエチケット袋をご利用下さい。本船は、通常の航路を大きく迂回して航行いたしますので、中部国際空港セントレア港到着時刻が約5分遅れる見込みです。予めご了承くださいませ。」

 津新港を出ると東寄りの大きなうねりが船体を強打した。「キャー!」というジェットコースターに乗ったかの様な乗客の喜声。うねりを受けるたびに双胴船の船底はズドーン!と海面に叩きつけられる。日誌や双眼鏡、茶器、コーヒーなど操舵室内の物がぶっ飛ぶ。客室監視装置のモニターには、エチケット袋を口元にあてがう女性、泣き叫ぶ赤ん坊、親に付き添われて便所に詰め寄る子供、右往左往する客室乗務員などが映っている。

 出港して10分ほど経つと客は黙り込み、客室は重苦しい雰囲気に変わった。周期的にやってくる前方のうねりから目を離すな。11時若しくは13時の方向(船首から30度の方向)からうねりを受けろ。うねりを受けるときは恐怖のあまり、船の速度を落としすぎるな。舵輪とクラッチを握る両手、額と制帽の間、背中とシャッツの間にじっとりと汗がにじむ。

 5分遅れでセントレア港に着くと、青ざめ、憔悴した客が下船していく。「なんでこんな天候で船を走らせるんだよ!」と吐き捨てる客。我慢の限界が来て、桟橋で嘔吐する客。そんな客らにいちいち構っている時間などない。次の乗船開始まで5分しかない。客室に降りると、座席や床、便所にぶきまけた汚物の異臭が鼻を突く。汚物に木くずを散布し、ほうきで掃き、雑巾で拭き取っていく━━。

 「何、考えとるん?」Hに声を掛けられ、ふと我に返った。丘を上がると「日本祖国復帰闘争碑」と刻まれた、白いゴツゴツとした大きな石碑があった。これは1972年(昭和47年)の沖縄返還にさいして建立、沖縄がアメリカの統治下にあった頃、本土復帰を願って、ここからのろしを上げたという。

 辺戸岬は一見して、秋吉台(山口県美祢郡の美東町と秋芳町にわたって広がる日本最大のカルスト台地)に似ているが、よく見るとそれとは違う。秋吉台は、昔、珊瑚礁だった部分が化石化して石灰岩となったもので、丸みを帯びた石灰岩がたくさん点在している。辺戸岬はサンゴ質の絶壁から成り、岬上は広い台地となっていて、岬の先はあの世の地獄の剣山のようにとげとげしい。午後のメロドラマで、刑事が犯人を詰め寄るシーンの舞台にはもってつけだろう。自然によってできた景観がなんだかとても厳格な感じで、台地に映える草木の緑とのコントラストにしばらく見惚れていた。

 休憩所で缶ジュースを飲んで一息ついた。車に戻る途中、緑色の帽子を被った人の良さそうなおじさんが緑色の果物を販売していたので寄って見た。ヤンバル産カーブチーとシークヮーサーだった。このとき、カーブチーという果物の名を初めて知った。シークヮーサーよりも少し大きいが、同じ緑色をしているので素人には区別がつかない。「よかったら、おひとついかがですか?」おじさんに差し出されたカーブチーはなんだかとても酸っぱそうだったが、意外に甘くて美味しかった。友人がひと房(300円)買うと、おじさんはそれをビニール袋に入れて、「これ、おまけ」と言って幾つかのカーブチーを足してくれた。やっぱり、優しいおじさんだった。

 辺戸岬を発ち、しばらくドライブした頃、友人は急な山道、細くて急な坂道に入っていった。車幅1台が精一杯。対向車が来たらどうするのだろうかと不安に思った。「おい、大丈夫か?」訊くと「任しとけって」寅さんばりの小さな目をにこりとさせてHは答えた。すぐに、黒くて大きな像の前に着いた。仰いで見ると、大きなヤンバルクイナの像、そこはヤンバルクイナ展望台だった。「沖縄の人でも、ここを知っている人は多いが、実際にここに来たことのある人は少ない」とHは誇らしげに話した。確かに、ここに来る途中には何も看板など道標がなかったし、険しい道なのでここを発見するのは大変だろうと思った。ヤンバルクイナの像の中に入り、階段を上ると胴体に四角い小口があった。そこから顔を出すと、対面に見える辺戸岬がとても綺麗だった。Hは駆け足で階下に下りて行き、ヤンバルクイナの胴体からひょいと顔を出した私の写真を撮ってくれた。Hの辺りにいた、観光で着ていた金髪のアメリカ人の男女たちに「HAHAHA〜!」と笑われた。

 訳あって、12月からしばらくの間、東京に行かないといけない。しかし、こうして、沖縄の最北端まで来て、素敵な景色を見れたので満足している。この日のことは一生忘れないだろう。朝早くから私を連れ出し、ドライブしてくれたHに感謝したい。
辺戸岬にて - 私(右)と友人(左) 辺戸岬山原産ブチー山原産ブチー(右)とシークワァーサー(左)ヤンバルクイナ展望台にて - 私(左)と友人(右)ヤンバルクイナ展望台
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沖縄本島北部方面へドライブに行った(前編)

 昨日、友人の運転で沖縄本島北部方面へドライブに行った。「一度、沖縄本島の最北端、辺戸岬まで行ってみたい」との私の希望を友人Hが快く引き受けてくれたのだった。朝8時半、小禄にある自宅を出発。あいにく天気は曇っていたが、ひんやりとした秋風がとでも気持ちよい。暑がりの私が一番好きな季節だ。

 豊見城ICから高速道路に入り、スイスイと進行、1時間20分ほどで許田ICから国道58号線に降りる。58号線を北上してしばらくすると左手前方に海が見えた。「羽地内海だよ。あそこに浮かんでいる小さな島が奥武島でその左の大きな島が屋我地島」とHが言った。よく見ると、本島と奥武島、奥武島と屋我地島の間に橋がかかっている。Hは4年間、本部町に住んでいたので北部エリアの地理に詳しかった。

 羽地内海には小さな島や岩礁が点在していて、車道脇に見える砂浜が綺麗だ。ドライブしていると、それら内海ならではの景色が七変化し楽しい。以前何度か行った広島県の尾道がこんな感じだった。造船産業で栄えた向島と本土の間は細長い尾道水道となっていて、両間を行き来するディーゼル船が奏でるポンポンポンという機関の音・・・そんな風景をなつかしく思い出していた。

 車は58号線を左折して先ほど遠目で見た橋を渡り、奥武島を経由して屋我地島を走る。車道の両脇にはサトウキビ畑が広がり、背の高いサトウキビの草が秋風に揺れてざわざわとささやいている。20分余り車を走らせると、屋我地島の北端に着いた。目の前には長い長い橋とその先にまた島が見える。「あの島は古宇利島」とHは言った。橋を渡ると、下に見える海は青くて透明で海底が見える。一帯の海域はとても水深が浅くて、船を運航する人たちは大変だろうなと思った。「この橋は無料で通行できる橋としては、日本一長い橋で、つい数年前にできたばかりなんよ。古宇利島の人口は約300人だけど、島民は本島に行くには、この橋を渡って屋我地島と奥武島を経由せんといかんのよ」とHは言った。たかだか300人の島民のためにこんなに長い橋を建造するなんていかがなものか、訝しい。島民にとっては定期船の運航で十分ではなかったのか、疑問が残る。

 古宇利島を時計回りでぐるりと一周し、また本島へ戻る。ぼんやりと右手に広がる羽地内海に浮かぶ小島を眺めていると、Hが徐に話した。「この辺の地域一帯には至るところに墓があるんよ。洞窟や岩陰を利用した墓、崖に掘り込んだ墓・亀甲墓・破風墓・家型墓などいろんな形の墓が分布しとるんよ。本部に住んでいたとき、羽地内海に浮かぶ小島の洞窟から人の骨が見つかったっていうニュースもあった。この辺りは昔、死体を土埋する風習があったんよ」怖くなり、ゾクッと身の毛がよだった。かつて岡山県の笠岡市というところに住んでいた頃、笠岡諸島の島民からこのような話を聞いた。「この辺の島々では、ついひと昔まで死体を火葬ではなく土葬していたんだ。だから、大雨とかで墓の土表が洗われて流れると、人骨が出てきたということが稀にあった」━━まさか沖縄でもそのような風習のあった地域があることに驚愕した。

 続きは次回のブログにて書きたい。
羽地内海と奥武島
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「DETH NOTE」を観た

 昨日は休みだったが、色々予定が入っていて、疲れた。夜、友人からしきりに映画「DETH NOTE」(藤原竜也・松山ケンイチ 主演 http://wwws.warnerbros.co.jp/deathnote/)を観るように勧められていた事を思い出し、TYUTAYAでDVDをレンタル。元気をつけるべく、自宅近所の焼肉屋に行き、上カルビ・上ロース・ホルモン・ホタテ・ニンニクなどに舌鼓を打ちつつ、あびるようにビールを飲んだ。夜9時就寝、泥のように深く眠った。

 朝5時起床、さすがに外はまだ真っ暗だ。早速、昨夜借りたDVDを観た。部屋の電気は消しているので、プチシアターだ。少しお酒が残っている体に熱いコーヒーがとても染みる。真っ暗な部屋で映画鑑賞、旨いコーヒー・・・至福のひとときだ。

 ストーリーの要は、「DETH NOTE(デスノート)に名前を書かれた人間は死ぬ」という一言に尽きる。ただ、「顔と名前を知らなければ、殺すことはできない」「DETH NOTEの所有権を放棄すれば、DETH NOTEに関する記憶はなくなる」などいくつかの条件があって、設定が面白い。「7つのドラゴンボールを集めれば、神龍が出現してどんな願い事も一つだけかなえてもらえる」「ナメック星では、別の神であるポルンガが出現してどんな願い事も三つかなえてもらえる」という設定が受けた、人気コミック「DRAZGON BALL」があったが、ストーリーの要はこれの逆バージョンと考えてよく、「もし、自分がDETH NOTEを手にしたらどんなふうに使うだろうか?」と考えずにはいられなかった。そもそも「DETH NOTE」を使用すること自体が殺人なのだから、「どんなふうに使うだろうか?」と使うことを考えている自分が恐ろしくなった。

 死神リュークが落としたDETH NOTE(デスノート)を手に入れた、日本の高校生・夜神月(やがみ ライト)。自分の行為を正義と信じる月は、犯罪者のいない理想の新世界の神になることを誓う。月は、世界中の犯罪者の名を次々とDETH NOTE(デスノート)に書き込んでいき、やがてその存在に気付いた大衆は、殺し屋=Killer の意味から「キラ(KIRA)」と呼び始めるようになる。一方、キラの存在を察したICPOは、手がけた事件は必ず解決に導くとされる「L(エル)」と呼ばれる謎の探偵にキラ事件の調査を依頼。 Lは、全世界の警察を掌握できる唯一の存在であり、その本名はおろか、居場所も顔も一切謎に包まれている。キラを「悪」と考えるLは、綿密な方法で「キラが日本の関東にいること」を証明し、日本に捜査本部を設けキラに挑む。こうして二人は、お互いの正体を暴く為に、それぞれの正義を掲げて対立することになる。

 DVDは前編と後編の2本立てで、前編の後半に登場したアイドル“ミサミサ”こと弥海砂(戸田恵梨香)も、後編では重要な役どころになっていく。新たなデスノートを手にしたミサは、自らの寿命を半分にすることと引き換えに“死神の目”(人間を見れば、その人の名前と寿命が分かる)を手に入れる。そして崇拝するキラが月であることを突き止め、月の元に向かい、自分を恋人にしてくれることを条件に協力を申し出る。二つのデスノートを操る月&ミサ対Lという対決の構図への展開が実に面白い。

 デスノートを手にした月の“犯罪者への制裁”に焦点が置かれた前編に比べて、後編では追い詰められた月とLの闘いがスリリングに展開、また二冊のデスノートを使ったトリッキーな仕掛けが複雑に絡みあい、全編を通して飽きさせない。

 DETH NOTEは使うこと自体が殺人なのだが、当初の月の“犯罪者への制裁”に限定した使い方に、死刑肯定論者である私はいささか賛同してしった。「凶悪犯罪ニュースを見ていて、こんな奴(犯罪者)は死刑になったほうが世のためだ」との感情を抱いたことのある多くの方々は少なからず賛同してしまうのではないだろうか?そしてこの映画を観る者を引きつけて行く。しかし、自分の保身のためFBIの捜査関係者や恋人までをも「DETH NOTE」を巧みに使用して計算どおり殺してしまうシーンに、月の死神以上の悪を感じた。

 ラストシーンはこのまま月の勝利なのかなと思ったが、Lが勝利する結末はミステリー映画として賞賛したい。ここまで見事に観賞者を驚かせる映画を久しぶりに見た気がした。「暗いところで待ち合わせ」(http://ksmtblog.jugem.jp/?eid=52)以来だ。

 本映画を通して、本当の正義とは何か?法律とはどういったものなのか?について考えさせられた。日本の刑法制度では、罪刑法定主義(疑わしきは罰せず)が徹底されていて、立証不十分で無罪放免になっている犯罪者が多数存在している。また、死刑執行については、憲法では法務大臣が押印しなければ死刑は執行されず、これまでに押印を拒んだ法務大臣がいたり、死刑は確定後、早期に執行されなければならないが、執行待機死刑囚が多数存在するなど、現行法上や実態上での諸問題を多く抱えている。近年、刑法や道路交通法などの厳罰化が進んだり、再来年度からは裁判員制度が始まるなど、改革が進められているが、まだまだ検討し改善しなければならない問題点がたくさんあるように思えてならない。

 ラストシーンで、「もう、法律では善を実行できないところまで来ているんだ!」と訴えた月に、月の父が諭したセリフが心に残った。「確かに法律は完全ではない。だが、法律が不完全なのは仕方のないことだ。人間そのものが不完全なのだから」━━日本や諸外国で当然、法律が異なる訳だが、果たしてどこの国の法律が、(その国の)現代社会における人間の善を遂行すべく、最もよく機能しているのだろうか?官僚や政治家に訊いてみたくなった。ほとんどの方は答えられないだろうが。「日本です」と断言できる方はほとんどいないだろう。

 
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第31回沖縄の産業まつりに行った

 午前中、第31回沖縄の産業まつりに行った。昨年に引き続き、今回は2回目の参加となる(http://ksmtblog.jugem.jp/?eid=34)。雲ひとつない快晴で、会場である奥山公園の新緑とカラッと爽やかな空気が気持ちよく、ようやく沖縄にも秋が訪れた感じがした。今年の産業まつりのテーマは「美ら島生まれ キラリ輝く県産品」。昨年よりも店舗が40ほど増えていて、盛況だった。

 琉球バイオリソース(株)の店舗に行くと、以前お世話になった方がいた。うるま市にある同社の研究開発室で醗酵ウコン商品の研究・分析・品質管理に携わっている方だ。醗酵月桃茶「月の桃」や醗酵ギンネム「ぎん茶」など以外に、何か醗酵技術を使って体に良いお茶を作ることはできないか、今研究しています、とプロ野球の古田似の顔をにんまりさせて、話してくれた。数年前に特許を取得した同社の醗酵技術で次はどんなお茶が生まれるのか楽しみだ。(同社の醗酵ウコン商品はこちら→http://www.ukonnet.com/)

昨年は出店していなかった店舗で特に目を引いたのがニヒロ(株)の「琉球珍味堂」(http://www.ryukyu-chinmi-do.jp/)。小ぶりなオレンジ色の四角い容器がかわいらしかった。沖縄の素材を使った薬味の商品とのことで、手になじみ、容器の積み重ねができるように配慮して作られており、テーブルやキッチンで場所をとらずインテリア感覚で楽しく使えるのが魅力だ。原料は島とうがらし島とうがらし・シークヮーサー皮・アーサ・島にんにくなど沖縄ならではのものが多用されていて、独特の香りが沖縄の「珍味」を連想させた。「島にんにく唐辛子」(原料:鷹の爪、島とうがらし、島にんにく 価格:680円)を産業祭り価格500円で購入した。この会社でしか販売していない、こういったコアな商品はきっと需要が見込めるだろう。

 県立武道館に足を運ぶと、昨年も出店していた「有限会社ちゅら企画販売」(http://www.chura-kikaku.com/)の店舗があった。若い男性が私の顔を見るや「去年いらした方ですよね!」と声を掛けてくれ、自分のことを憶えてくれたことが嬉しかった。昨年、名刺をいただいた営業マンだった。同社は昨年の2月に設立した会社で、ハンノキの抽出液(伐採したハンノキをチップ状にし、1週間発酵させてから蒸留抽出によりハンノキのエキスを取り出している)を使った「アルダーリフレッシュウォーター」という消臭剤は、自然素材の消臭剤として特許を取得して話題になった。「売り上げは順調で、今年の8月にはシークヮーサー石けんを発売しました。これからもっと製品を増やしていく予定です。」と同営業社員は相変わらずウチナー独特の訛りで丁重に説明してくれた。今年の産業祭りでアルダーリフレッシュウォーターは優良県産品、奨励賞に選ばれていた。

 昼時になり、お腹が空いたのでお店で昼食をとることにした。てびち(豚足)料理、ラフテー(沖縄風豚の角煮)料理、ソーキ(豚あばら肉骨付き)料理をふるまっていて、ジューシーな匂いが食欲をそそる。ラフテーとソーキそばに先ほど購入した「島にんにく唐辛子」をふりかけて食べた。口の中が油ギッシュになったが、美味しかった。豚料理のメッカ、沖縄を久々に体感した。

 産業まつりは素晴らしいまつりだ。俗に言う「祭り」と趣向が違って、祈祷祈願を目的とするものではなく、沖縄県産品のアピールや企業間の商談などを通じて地場産業の振興、自立する沖縄を目指したものだ。出店者はみな自分達の商品をアピールしようと必死だ。そして、みな表情が生き生きと輝いている。そんな方たちと接し、商品を見るのはとても楽しく、自然と笑顔がこぼれる。来年も是非参加したい。
琉球バイオリソース(株)の醗酵ウコンの商品ニヒロ(株)の「琉球珍味堂」 琉球薬味や琉球珍茶を販売黒糖黒酢てびち料理をふるまうお店
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